日常

BASARA3
大谷さんと三成、官兵衛さん。

そろそろ、血色の悪い三成の顔色も紙か蝋のごとくといった具合になってきた。
なにせ食事をとらないのだから当然だ。それだというのに、頑健過ぎる精神力で体を動かそうとするし、実際動かしきってしまう。
しかし総大将がこれでは示しがつかんだろうと一時は黒田もそう考えたのだが、どうやらそうでもないらしい。鋭いにもほどがある三成の視線を受けると、その苛烈な双眸のみが印象に残るそうで、意外なほどに兵たちの間で三成の顔色に関する言及は存在しなかった。
言及するとすれば、それはやはり。



城内、稽古場で（手枷はついているが鉄球は無い）黒田相手に稽古をしていた三成へと声が掛かった。
「三成、これ三成」
杖をついた大谷が、稽古場の戸口から顔を覗かせている。
「刑部」
打てば響くとはこのことか、どのような状況においても、三成はその掠れた低い声には瞬時に反応してみせた。
戦の最中、まるで暴走じみた風情で血潮を被り神速で敵を薙ぎ倒しているときだとて、さして大きくもない声が名を呼ぶと、どの位置にいようが三成は大谷のもとへと戻ってくる。そのような状態の三成に声を掛けて故意に止めるようなことは、大谷は滅多にしないけれども。
ぬしの思うままに。
あいわかった。
さようか。
とにかく、大谷は三成を肯定する。
「どうした」
間を置く大谷に焦れて、問い掛ける。
「昼餉には少々早いが腹が空いた。用意させる故、ぬしも共に食うがよかろ」
「…私は要らぬ」
「三成」
とにかく食いやれ、それから寝やれ。
この件に関してのみは大谷が折れたところは（少なくとも黒田は）見たことが無い。…逆に、それこそ甘いのだと思う。放っておけば三成とて一応人間だ。無理を通し過ぎたとき、限界に達した体は倒れて伏せるだろう。いっそそこまで持っていってやれば学習するかもしれないというのに、大谷が必ず合いの手を入れるお陰で実際に三成が昏倒したことはついぞなかった。
「ぬしが食わねば、我も気懸かりで飯が喉を通らぬわ」
三成は黙っている。
「まことよ、三成。…困ったものよなァ。困ったコマッタ…」
かく言う大谷も、食に関しての執着は薄い。それでも日々の食事を怠らないのは、そうしなければ病身に著しく響くと理解しているからだ。
やれもやれも、などと零しながら、大谷は総大将へ背を向ける。一歩、二歩、杖をついては歩き出す。
「刑部！」
「んん？」
振り返り、再び向かい合った大谷は真面目ぶった顔をしていた。殆ど包帯に覆われて隠されているが、三成や黒田など、少数の者はそれでもこの男の表情を読み取れる。
「飯の用意だ」
「…ヒッ、ぬしの思うままに」
引き攣った笑い声を零しながら、ひらひらと包帯に包まれた細い指が泳ぐ。先に行き、伝えて飯の用意をさせろということだろう。言われなくても解るようになってきた我が身を恨みながらも黒田は動く。此処で動かねばまたぞろ、ぬしは箸置きより役に立たぬなァだとか、腹立たしい嘲りを受けるのは目に見えている。それを甘受できるほどには黒田は達観しきれていない。
杖をつく大谷が歩く速度は遅い。三成は、その必ず隣を歩く。手を差し伸べるためではない、大谷のだから隣を歩く。
そんな彼らの先を行き、大谷刑部と凶王の昼餉を、と小姓に伝えるなど容易いことだ。
一応、舌打ちひとつくらいはしてみせてから、大股で黒田は歩き出す。大谷を追い越した際、心にもないだろうに御苦労ゴクロウと労わりの言葉を掛けられた。何も言われない方が余程良い。
「三成、アレは良い相手になったか？」
「…他よりマシだ」
「ヒッヒ、そうかそうか」
まるで
まるで人間のような会話をしている。止めてくれよと黒田は思った。
飯を食わせようとしたり、病身への気遣いをしてみせたり、そんなまるで唯の人間のようなことを、己の前で無造作にしてくれるなと願うのだ。
凶王でよいではないか、心身醜い非道の軍師でよいではないか。
これも計算だというのなら、酷いものだ。流石はあの竹中と比較された策士だと、認めざるを得ない。
そんな黒田の心内などどうでもよさげに、西軍総大将とその右腕はゆっくりと歩を進めているのだった。