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いわゆる裏的な
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Posted by 瑞肴 - 2010.10.14,Thu
昨日と同種。むこうぶちSS。妖怪パロ。
今回は狗の話。グロいので、グロぐちゃ少しでも苦手な方は、回れ右。





妖を祓う仕事をしていた。
とはいえ、正規の(この仕事に「正規」があるのなら、の話だが)ではない。
妖を何とかしてくれと依頼が出ればそこへ赴き、祓ってやり、以後の用心にと符を売るという具合だ。
符の効果自体は中々のものだが、その効果は永続的なものでは無論なく、むしろ以後の災厄を糧にして一時の益を生むという酷いつくりをしているのだが、いままで客にそれを見抜かれたことはなかった。
そうやって、中々上手くやっていた男が、因果律という言葉を身に染みて学習したのはいつのことだったか。

大陸と縁があるという金持ちが、男に依頼を振ってきた。
二つ返事で引き受けた男の前に現れたのは、あれは一体何であったのか。
途中までは、順調だった。確かに祓いきったと思っていた。なのに、符は、反転して男を縛り上げた。

――な、あ、何…っ!!?

こんなはずは。
この妖が、此処に縛り付けられていた、はず。

無様に足掻く男を、肥えた丸眼鏡の依頼主が笑いながら眺めていた。填められたと、気付いたときにはもう遅い。この妖は己の手に負えるものではない。こんな闇そのものの、黒そのものの、おそろしい、おそろしい、おそろしい。

――勘弁して下さい! これ以上、無理です、私は、私が、こんな…!!

無様な命乞いを、ゆるゆると揺れる闇が眺める。
元・依頼主は哀れな犬を見る目で男を見遣り、そうですね、貴方にはそれなりに楽しませて頂きましたと礼なのか何なのか解らぬ言葉を吐き、部下に男を引き摺らせると、ぽい、と穴の底へと放り込んだ。

ぶちょり。

暫く落下し、着地した感触は鈍いものであった。
男は周囲を見回すが、まったくの暗闇でどのような状態かもわからない。
わかったのは、この鼻をつく異臭が、肉と血を混ぜたものであるだろうというそれだけだった。

――うわ、わ、

尻餅の状態のまま、手をつく。
柔らかい。時折固い。

――っひ、

四つん這いになって、這い回る。出口があるとは思えなかったが、じっとしてなどいられなかった。
ああ、見られている。
男は感じた。此処には生物がいる。息遣いが、視線が、男の周囲に大きく小さく転がっていた。きっと此処に無造作に落とされたものたちだろう。

ぶちょり。

肉が襲い掛かってきた。
反射的に、まだ衣服に備えたままの符で反撃する。
そんなことを数時間も繰り返す。半日だったかもしれない。数日だったかもしれない。符が切れたので、拳で足で、とにかく反撃する。此処には一体どれほどの命が転がっているのか、屠っても屠ってもキリがなかった。否、おそらく『殺しきれていなかった』妖を何度も屠っている、というのもあるだろう。

そのうちに、男は理解した。
何故こいつらが襲い掛かってくるか。
狂っているから。それもあるだろう。この暗闇と臭いだ、仕方ない。
それよりも、こいつらは生きるために、男を食って生き延びるために襲い掛かってきていた。
そう、ここには何もない、水も、食べ物も、ない。血腥い命しかない。ならばそれを食らうしかない。
男は理解した。理解し、食った。

此処には
妖ばかりではない、男のように、填められて落ちてきたらしい祓い屋やら、そのような、人間も居た。

初めは躊躇した、『それ』だけは避けた。

しかし、
『それ』を食ったであろう妖を、結局食うのだ。何の違いがある。もうわからない、鼻の奥まで血の臭いはこびり付いている。何の違いがある。同じだ、おなじ命だ。食ったら糧になる命。

――いきたい

男は望んだ。いきのびて、もういちど、あの闇を、今度は己が飲み込んでやろう。

――いきたい、いきたい、いきたい

貪る、殺す、殺す、貪る、休む、殺す。
男は繰り返した。時折上から何か降ってくる。それらも男と同じような結論を出したり、諦めて死んでいったりした。

それを、どれほど続けたのか男にはすっかり解らなくなっていたが、後で聞いたところによると凡そ三年、そうしていたらしい。

ある日、穴への蓋を開けた丸眼鏡の部下は、その底でひとりぽつんと座っているソレに気付いてソレの頭上へ縄梯子を放り投げた。
ソレはずるずると梯子を上り、すっかりと薄汚れた姿で、手を叩きながら現れたかつての依頼主と対峙する。

「ほほ、ほほほ、面白い、よく”生き残られ”ましたねえ」
「……ええ、”生きて”いましたよ。お久しぶりです、覚えておられますか?」
「ほほほほほ、勿論、勿論」

そのとき
既にその体はヒトのものではなくなっていた。
不定形の、黒い、口から牙を覗かせた狗の姿になっていた。

「犬ですか。ヒトが自力でそのような姿になれるとは、珍しいですよ江崎」
「…”そう”なるまでに地獄の底、だからでしょう?」

江崎は笑みを浮かべる。
穴に落ちる以前の、美しいが軽薄であった笑みとはまったく変化した笑みを。

生きるために妖を食った。同族すら貪った。畜生にももとる行いならば、狗の姿は相応しいだろう。
江崎は哂う。

いつの間にか、ぼさぼさの長髪と伸びた髭に顎を覆われた、男の姿になっていた。




人鬼を探すために江崎が飼い犬になったのは、即日この日のことであった。

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