犬と走狗が出会ってそれから

江崎さんと後堂さん。人鬼と対決後しばらくしてから。


えざうしっつーか
江崎さんがＳぃのは素敵だと思う。
呼吸するように他者を見下しながら自分自身も卑下する江崎さんが好きです。

まるで、狂犬病予防の注射を打ち忘れられた犬だ。
雨は上がった。薄い月が汚い路地裏を僅かに照らす。
江崎は口端を緩やかに吊り上げたまま、足元の薄汚れた男を見下ろした。

「お気の毒に」

ちっとも気の毒さを滲ませず、大仰に肩を竦めて様になる人間も中々希少だろう。
眼鏡のフレームは逆方向にひん曲がって、水溜りに放り出されている。
しかし、目は、半分、泥水の水溜りに浸かったまま江崎を眼球だけで睨み上げる其れは、ぎらぎらと光を浮かべていた。

「後堂、本当にお気の毒です。アナタは”グレーゾーン”しかご存じない。あんな成金の安全を確保しながらしか遊べなかった所為で」

くつくつと笑いながら、江崎の革靴の底が後堂の手を踏み躙る。長い指。白い指。牌を握っていた指。
軽く力を込めれば、後堂の犬歯が江崎の足首に食い込んだ。

「…くくく」

本当に、犬だ。
もう片方の足で、広い額を狙って軽く蹴り飛ばせば、あっけなく歯はそこから離れた。
ばちゃりと、頭が水溜りに沈む。

「”グレーゾーン”では人でなしの麻雀は打てません。…しかし今のアナタが”レッドゾーン”に足を突っ込めば、この通り、物理的に沈められるのがオチです。…お気の毒ですねェ、本当に。飼い犬臭が取れないばかりにこんな目に遭うなんて」

スラックスの汚れも気にせず、上機嫌に江崎は哂う。

「私の走狗になりませんか。……フフ、そんな顔をしないで下さい。先程も言いましたよね？　私はただ、人でなしの卓で打ちたいだけなンです」

汚い野良犬。元飼い犬。
別に躾けるつもりも無いのだから、似合いの首輪をくれてやるだけで良い。

「アナタが望んで私がそうと頷いたなら、また卓でご一緒させて頂きたい。…ね、手元に置けるなら置いておいた方が楽なんですヨ。人鬼ときたら、探し出すだけで手間なンで」

疑惑、嫌悪。そんなものは、その程度は、江崎にとって何ほどのことでもない。劉大人には敵うべくもないが、江崎も人を絡め取り食い尽くすことを生業とする人種であった。

のろのろと、後堂が立ち上がる。
本当に酷い。最近の（本物の）野良犬だって、もう少しマシな風体だ。

「交渉成立、ですか？　では参りましょう」

楽しげに先を歩く、江崎の後ろ、走狗になり下がった犬が、狂いに濡れた目で主の背をねめつけていた。