というわけで
俳優パロキャラで娼館もの。
やっちまいますよ。
その館はそこそこ大きかった。
建物は4階建てだったし、ロの字型の建物の真ん中にはきちんと整備された庭があって、池や小川や木々があった。
だからアカギは、助かったとばかりにその中庭に逃げ込んだのである。
外の空気を吸って、一息つく。
館の中は落ち着かなかった。まあ、娼館で落ち着いて何をしろという話ではあったが。
しかしアカギも来たくて来たわけでもなく、学校の級友たちに済し崩しに連れて来られただけ。
仕事に励む従業員には悪いと思いつつ、酒を飲みすぎて気分が乗らず、何処かで適当に休ませては貰えないかと告げるとこの中庭に案内された。その気になれば是非どうぞ、と付け加えられたけれど。
月明かりに照らされた緑の庭は清涼な空気に満ちていて、ゆっくりと息を吸い込んだ。満月は眩しいくらいで、館の窓から漏れる光が変に弱弱しく見えた。
しかし、一体いつまで時間を潰したものか。
息を吐きつつ、狭くはない庭を散策する。
小川に面した岩の上、人が腰掛けているのが目に入った。
「…?」
自分よりは小さそうな体格。背後から見える髪は長かったけれど、肩幅や体つきからして女性にはどうも、見えない。
自分の白髪も大概だが、相手の、長い白髪も珍しいと感じたアカギが数歩そちらへ歩き出すと、気配に気付いたのか岩の上の人物はアカギの方へと振り返った。
「……今晩は」
柔らかい笑顔で。
こういった場所であるからして、同性にこうも和やかに、普通に、挨拶を投げ掛けられるとは思っていなかったアカギは一瞬詰まる。
「あ…、…こんばんは…」
黒紅梅。その名の通り、黒にも見紛うほど深みのある、紅梅色。月の光を受けるとほんのりと光沢を感じる布地に銀の髪がさらさらと流れる。普段、着物などそう見ないアカギだったが、一見しただけで随分と高価な代物なのだろうなと察することが出来た。
二の句を探すアカギに代わって、眼前の老人はにこやかに言葉を続ける。
「君もお月見かい?」
深みのある声だと思った。
微笑んでいた表情が少し崩れて、猫のような目がアカギを捉えた。視線自体も、猫のように、退屈だから構ってと、言わんばかりの悪戯な光を乗せている。
「はい。中に級友が居るんですけど、俺はその気になれなくて…此処で時間を潰させて貰ってます」
素直に答えると、老人は小さく、そう、と言って笑った。
しかし、老人は何故此処に居るのかという疑問が今更のようにアカギの頭に浮かぶ。1人、ぽつんと月を見上げていた姿は、絵になるようではあったけれど、それよりも異質の度合いが強かった。館の客というのも、違う気がする。老人の歳で、アカギのように『誰かに連れられて渋々』ということなど無いだろうし、自由意思で此処に来たのなら、こうやって1人で外にいる理由がつかめない。行為が終わった後の散策というなら、相手をしていた女性が傍についていてもおかしくないだろう。
問うのは、失礼だろうか。
躊躇するアカギに、老人はぺちぺちと、自分の座る岩の隣のスペースを叩いてみせた。
「まだ時間を潰すつもりなら、この年寄りの話し相手になってくれないかな?」
時間にせっついてはいないらしい。
ますます謎が深まったなと思いながら、促されたままに腰を下ろす。
「…ふふ」
腰を下ろす、と、老人は嬉しそうに微笑んだ。つられて、アカギも笑う。
「退屈されてたんですか?」
「うん。折角月が綺麗なのに、一緒にお月見してくれる人が居なかったからね」
口調は揶揄ではあったが拗ねを大いに含んでおり、すっかり落ち着いた雰囲気を漂わせている老人の、子供じみた言い分に少しの驚きを感じる。それは決して不快なものではなく。
「そうですね、…今日は本当に、月が綺麗だ」
だから。
老人は微笑んだまま、応える。
一緒にお月見してくれる相手を見つけられて、嬉しい。
屈託無く示される好意が少し照れくさく、アカギは曖昧に頷いた。
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