いわゆる裏的な
Posted by 瑞肴 - 2010.06.25,Fri
怒涛の更新。むこうぶちSS。
一応、(この下のSSは置いといて)この前とその更に前からの連作ですので、出来ればその順に読んで頂ければ。
今回は似非シリアス。華僑組。
一応、(この下のSSは置いといて)この前とその更に前からの連作ですので、出来ればその順に読んで頂ければ。
今回は似非シリアス。華僑組。
そろそろ夕食の準備をと、立ち上がった時に玄関の呼び鈴が鳴った。
それなりの、都心。そこに建つマンションの一室。元々、訪れる者の少ない家だった。最近は時々、人だか妖怪だか解らないような諸々が此処を訪れるけれど。
ドアの覗き穴から伺えば、しかして見覚えの無い、男。
今風の若者が着ているような、ラフなシャツにパンツ姿。目深に被られた黒いキャスケット。
男は、覗き穴を外側から逆に覗き込んでニヤリと笑った。
「……江崎」
変装の、つもりなのかどうか。
江崎は歳の割りに動作が機敏で、手も足もすらりと長い。こういった格好をしていれば、遠目では10は若く見えるだろう。それがまた、そこそこ似合うのが微妙に鬱陶しい。
何処かへ仕事に出たまま半月ほど姿を消していた男は、早く開けて下さいというように控えめにドアをノックしてきた。
仕方なし、後堂はドアを開ける。
「お久しぶりです、後堂」
そのまま永遠にお久しくなっても何ら問題はないのだが、溜息を吐きながら室内へと迎え入れる。被っていた帽子を取ると、中に収納されていた長髪がばさりと降りた。
「…仕事は終わったんですね」
「ええ、はい。それでですネ」
なんとなく次の言葉は予測できた。
「ご飯、食べさせて下さい」
やはり。
何故かは解らないが、江崎は後堂の作る料理が好きなようだった。
江崎自身、簡単な調理はお手の物だし(そして魚料理に限るなら、後堂より遥かに手際よく味もよく仕上げてみせていた)、食べ物に拘るような男ではない、なのに。
「……」
眉間に皺を寄せた後堂を宥めるように、ビニールの買い物袋を差し出す。中身は黒豚のロースと旬の果物。
「材料なら少しは買ってきました。いけませんか?」
なま物を買ってきて、いけませんかも何も無いものだ。
断れば退くのだろうが、そうするとこのビニール袋の中身は躊躇も無く何処かのゴミ箱に投げ捨てられることも予想できて、後堂は再度、深い溜息をつく。
「…食事は作りますから、先に風呂に入って下さい。薄汚れたままですよ、貴方」
何をしてきたのか。
江崎の目の下には、酷い隈。常ならそこまで深くはない目頭下の皺も今はくっきりと。痩せたというよりはやつれたのだろう、随分と顔全体が引き締まり、笑みを浮かべているというのに鋭さが隠しきれていない。
どんな仕事をしてきたのか。
後堂は聞かない。
大人しく風呂場へ向かった江崎を見送り、やれやれと服の袖を捲り上げた。
「素晴らしい! 良いですね、味噌汁、私この玉ねぎとじゃが芋の入ってるのが好きなんですよ」
知ってます、だから今日はそれを作ったんです。
勿論口には出さない後堂は、ただ いただきます とそらんじて箸を取る。江崎も倣って、いただきますと手を合わせる。
玉ねぎとじゃが芋の味噌汁、しょうが焼き、人参とセロリの千切りレモン汁掛け、牛蒡の白和え。
かつかつと、小さな、箸が皿の上を踊る音がする。
そっと江崎の手元を窺えば、指先も爪の生え際も随分とささくれ立って荒れていた。碌な食生活をしていなかったのだろう。雀士は手や指の怪我を気遣う者が多い中、江崎はまったくそれに頓着しない。そもそもというか、江崎は麻雀においてイカサマする技術を持ち合わせていない。らしい。後堂が聞いた自称なので、真相は分からない。分からないけれど 『傀サンとの勝負には、不要ですから』 そう返されれば納得もいく。
ぱりぱりと、音をさせて細い人参を食みながら。
「(痕が)」
後堂が出してきたシャツを羽織っている江崎は湯に浸かったのか、まだ僅かに肌が上気していて薄っすらと見える、痕。
体中の古傷は、大きいものから小さいものまで。漁船に数年も乗っていたというのだから、そのときについたのか、劉大人の狗になってからついたのか。
僅かなもどかしさが、後堂の中に沸く。
「(ちゃんと見れば、分かる筈です。この男は隠しているわけではないのですから)」
何故あの男は気付かない。
”こう”まで成った者に、何故、まだ。
「後堂?」
「…。 、はい、なんですか?」
綺麗に食べ終わった江崎が、じぃっと期待の目で見つめてきていた。
「…貴方の持ってきた甘夏なら、剥いて冷蔵庫の中に入ってます」
「ありがとうございます」
ニコッ(江崎スマイル)
甘夏を食べ終えた江崎に茶を入れてやる。
顔に似合わず甘いものが好きなので、何か菓子でも置いておいてやればよかったかと少し後悔して、してから何もそこまでと首を振った。
台所から湯飲みを運ぼうと振り返ると、背中が見える。
「(ああ)」
気配がぼんやりとしている。
とても珍しい、否、いっそ初めてのことだった。それだけ疲労が溜まっているのだろう。
「江崎」
「はい」
湯飲みを手渡す。
あち、と小さく呟き、ありがとうございますと茶を啜っている。
「行くんですか?」
「行きますヨ」
何度も此処を訪れて、何度も食事をたかりに来ているくせに、此処で決して眠らない。泊まらない。それはおそらく 関わらなくていい という江崎のサインで、それ位は読めますよねという煽り気味の設問なのだとも思う。
悔しい、と思う限り、後堂にはいえない台詞がある『泊まって休んでいけば いいのに』。
後堂の眉が僅かに顰められた。
「…嫌だなァ、一人寝が寂しいんですか? 後堂」
「違いま…
「フフ、冗談です」
既に立ち上がっていた江崎がキャスケットを深く被る。後堂の服を借りているので、今度は年齢不詳のチョイ悪だ。芸の細かいことだと、思う。
「ご飯、ご馳走様でした。やはり貴方の作る食事、美味しいです」
「……褒めても何も出ませんよ」
貴方は
何処で眠るんですか。
何処で体を休めるんですか。
貴方の命の価値はあまりにも軽い
人鬼に勝利する為の方法に選んだものがそれだったのでしょう。
口に出せば、もう食事に顔を出すことすらしなくなるのでしょう?
私が”読む”と解っていて。そういう男です、貴方は。
「では、おやすみなさい後堂」
返答する間もなく、玄関の扉は静かに閉じられる。
空の湯飲みがテーブルに置かれたままなのが嫌で、直ぐに台所へと持っていく。カランを回すと勢いよく水が流れ出た。
月の下を歩く。
「貴方が私の恋人であれば良かったのに」
露ほども望んでいない嘘を吐き、狗は常の笑い顔を貼り付けたまま闇の中へと溶け込んでいった。
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