Stヴァレンティヌスによろしく

バレンタインネタ。鷲キュアで。

さっき、チラリと見たアカギ(53)はチロルチョコに埋もれていた。
…なんの嫌がらせだろうか。というか、人が埋もれるほどのチロルチョコを何処から入手してどうやって運んできたのだろうか。チロルの海の上、腰に手を当て高笑いしていたワシズを思い出しつつ、平山は朝からチョコレートの匂いでぐったりしてしまった。

本日、聖バレンタインデー。

自分は、現在の状況下からして誰からもチョコレートなどもらえないことなどわかっている。というかもし万が一にでも（絶対にないにせよ）わしず達からチョコレートでも貰おうものなら、ケチョンケチョンのぐにゃんぐにゃんにされるのは目に見えている。今年ほど、心の底からチョコ貰いたくない、と願ったバレンタインははじめてだった。

そういえば
ワシズは良くも悪くもノリが良いが、鷲巣は決してそうではない。自分自身にしか関心が無いので、自分に関することでしか興が乗らないようで、そんな彼はバレンタインという日をどう過ごすつもりなのだろうか。
そんなことを思いながら淹れた紅茶をリビングに運ぶと、鷲巣が静かに新聞に目を通していた。アカギ(19)がその横、肘置きに掛けている。

さわらぬ　かみに　たたり　なし。

そっと紅茶をテーブルに置くと、鷲巣の手が伸ばされる。平山に目もくれずに伸ばされる手は、実は結構嬉しいものだった。つまり『確認しなくても飲んでも良いもの』と見なされている。最初は意味に気づけずに、ついに無視されるまでに至ったかと凹んだのだが、見かねたらしい吉岡に教えて貰ったのであった。

バサリ。
新聞をめくれば、バレンタインの記事に行き当たったらしい。鷲巣が僅かに眉を動かす。
アカギの視線が後頭部に刺さっている。

「……、ああ」

先日ワシズが大量発注していたチロルチョコレートが先ほど届いたようだったが、つまりこれだったのかと鷲巣にも納得がいった。甘いものが苦手な相手をあえて大量の小さいチョコレートで埋めるというのは、中々良いアイデアだとは思う。
そして先ほどから、アカギ(19)の視線が己が後頭部に突き刺さってくるのは、この所為なのかもしれない。

商業的な意味を、この行事から取り除けば

下らない、と、鷲巣は思う。
だからなんだ、と。いってみれば、盆も正月もクリスマスも須らく、この老王にとっては『だからなんだ』でひとくくりにされるモノ。

しかし１つ、だけ、今年の鷲巣には疑問が浮かび上がっていて、少しばかりそれを気にしていた鷲巣は、なんとなく、それをアカギに聞いてみることにした。

「こんなものが必要か」

鷲巣にしてはとても珍しい、素朴な問いかけの声音であった。嫌味も皮肉も嘲笑もない。
アカギは暫し黙って鷲巣を見下ろしていたが、やがて、雪が溶けたように微かに笑った。

「いや」

返答に、鷲巣は満足がいったのだろう、視線を新聞へと戻す。

一拍遅れて意味に気付いた平山は、鷲巣には気付かれないよう赤くなった顔を慌てて背を向けることで隠す。

『なっ…なんだよ、そりゃあ…』

反則だ。予想外の台詞に此方が恥しくなってしまい、急いでリビングから撤退する。
うわーうわーうわー。鷲巣は果たして自覚しているのかどうか。それがどれ程、相手を満たす問いだったのかと。



そんなものでわざわざ確認しなくても、己はおまえを想っていると、それをまさか分かっていないのかと。



そんな問いだったのだと、思う。

「っぉおおお、だーーーもーーー、こっぱずかしいなぁああああああ」

リビングから充分離れたキッチンで、やりきれない平山が叫び声をあげた。




ツン成分過多の鷲巣の（無意識の）デレの破壊力は凄まじいという、話。