アカギの甲斐性っぷりにめろめろです。
あ、めろめろなのは鷲巣さまのほうか・・・そうだった。
というわけで、○○は昭和の帝王3 後編
薄暗い喫茶店でようやっと落ち着いた安岡とアカギは、コーヒーカップを傾けて向かい合わせに座っている。
仕事(というべきか、なんというべきか)の話も終わり、寛いでいるアカギに素朴な疑問をぶつけることにした安岡は、身をもって『好奇心は猫を殺す』を味わうこととなった。
「…それで、あの爺はなんなんだ?」
「最近よく聞かれるなぁ、それ」
よく聞かれるのか。そりゃそうだろう。だって、全然分からない。
「聞いちゃぁ都合の悪いことか?」
犯罪者をかくまっているとか、そんなような類の。安岡に思いつけるのはここまでだった。
「いいや。むしろ惚気みたいで安岡さんに悪いかもしれないな」
笑っている。すごく、嫌な予感。っていうか今、惚気っつったか、いま。
「名前は鷲巣巌。俺の嫁だよ」
よめ。…よめってなんだ。余命?違うな。夜目?もっと違う。ええ?よめってよめ? 完全に思考停止した安岡を置き去りにして、アカギは少し懐かしそうに目を細めた。
「今年の夏は暑かったけど、その中でも一番暑い日に初めてアイツと会ったんだ」
回想スタート。
特殊ルールを使ったマージャンを、鷲巣は『鷲巣麻雀』と名づけていた。アカギがその卓についた経緯はまったくの偶然である。長い、勝負の末に、途方もない鷲巣の軍資金を削り取り、勝利したアカギは呆然自失の鷲巣に声をかけた。
「なあ、鷲巣」
返事はない。後ろの白服は凍り付いているし、鷲巣は焦点を失いそうな目で、それでも辛うじて眼力は残したままアカギを見上げるだけだ。
「俺が得た五億すべて、いま使ってやっても良い」
「…あ゛?」
薄っすら笑ったアカギは、鷲巣の顎へ指を掛けた。
「鷲巣巌、アンタを五億で買ってやる」
鷲巣は、意味が分からないというように指を払いのけた。老人にとってはまったく不可解な申し入れであり、アカギが何を言いたいのかを受け止められなかったのだ。
邪険に振り払われたにも関わらず、アカギは笑ったまま鷲巣へと顔を近づけた。
「…この金は、それ以外には使わない。交渉決裂ならこの金すべて燃やすだけ…、クク、悪い取引じゃないだろう?」
「何を…、負けたわしをからかって弄るか…この下衆が…っっ!!」
至近距離から睨み付けるも、引くアカギではない。逆に距離を更に詰められる。
「言い方が気に入らなかったか?」
「言い方云々の問題ではないじゃろうっ…!」
勝負に負けた上に、不可解なからかいを受け、鷲巣は顔が紅潮するほど立腹した。杖を振り上げるが、アカギは振り下ろされるまえに杖を掴んだ。
「問題さ。…つまり…」
興奮し過ぎて目尻に浮かんだ涙を、舌で掬い取る。固まっていた白服が無言の悲鳴を上げて我を取り戻した。
「俺のものになれ、鷲巣巌」
「……へぁ?!」
回想終了。
「その後、俺と鷲巣は結婚した」
それって、じーさんの方からしたらもっと言い分があるんじゃないのか? 安岡はそう思いはしたのだが、もうどこからツッコんだら良いか分からなかったので言いそびれてしまう。
「…って、おい!! 五億?! あの爺さんが五億も賭けたって?! 鷲巣って、あの鷲巣巌か…っ!! 昭和の闇の帝王…っ」
「ああ」
「お前…馬鹿野郎…!! あんな…」
あんな、老い先短い爺に五億も。
言いかけて、悪寒に口を噤んだ。アカギは相変わらず笑って、こちらの様子を伺ってはいる、いるが、その笑みがあまりに冷ややかでゾッとした。
先を言えば、アカギは2度と自分を見まい。まるでその辺に転がる石ころでも見るような目で、自分を見るようになるだろう。そして2度と、どのような勝負にも乗らなくなるだろう。
「……あんな、俺を放り出すような爺に…惚れるとはなあ…」
苦し紛れに続けて、言葉にして実感した。そうだ、アカギは実際惚れ込んだのだろう。戯れに人を側に置く性格ではない。
「ククク…、お医者様でも草津の湯でも・・・って言うだろ? 安岡さん」
賢明な言葉を吐き出した安岡に、アカギは嬉しそうに笑った。
考えもなしに愚昧な言葉をアカギへ吐き出した者たちも居ただろうし、その末路も興味がないでもなかった安岡だが、いまはただ冷や汗をぬぐって失笑を浮かべるしかなかった。
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