いわゆる裏的な
Posted by 瑞肴 - 2010.06.22,Tue
その後。
鷲巣は寝台の住人となっていた。
ノックの音に、どうぞと返す。
入室してきたのは原田だ。渋い顔をサングラスで僅かばかり隠し、寝台横に置かれた椅子にも座らず鷲巣を見下ろす。
「体の具合は、どうや」
「もう随分元気だよ。…お見舞いに来てくれたのかな?」
「そんなわけあるかい」
苦虫千匹噛み潰した表情で。
「なんで俺が、若造にヤり散らかされて腰立たへんよぉなった爺の見舞いに来くさらなアカンねん」
寝台の住人になったのは、そういう理由。
赤木と原田、そして鷲巣とアカギで行った麻雀勝負。結果から述べるならば、鷲巣とアカギの勝利で幕は降りた。
鷲巣はともかく、アカギがあれほどの、ギャンブルの才を開花させるとは、意外…ではないが計算外だったのは確かで。
勝負の後にアカギが発した言葉に、やっと、中年3名は自分達が体よく嵌められたことを知った。
『やった!! これで正式に夫婦になれますね、鷲巣さんvvv』
『そうだねえ、私も嬉しいよ』
正式に。
やはり、最初に引っ掛かったのは銀二。気付いて盛大な溜息を溢れださせれば、赤木と原田も遅れて気付いた。
「…”正式に”夫婦になってから、夫婦のイトナミしましょーねて、そら19やそこらのジャリがそんな人参目の前にブラ下げられたら 張り切って目の色変えるに決まっとるわ…」
実際、アカギの集中と執念は素晴らしかった。
負ければ駆け落ちでもなんでもすればいいという、勝負に余裕をもたせた者では持ちえない気迫。
で、まあ、勝利の暁にやっとこ”正式に”夫婦になった両名だったが、がっつき過ぎた19歳に75歳が体力面で付いていくのは流石に難しかったらしい。
翌朝、鷲巣は寝台から降りることすらままならなかった。
で、今、昼。
「私が強制した制限ではないのだけれどねぇ。…けれど、お見舞いでもないのなら…
何故。
苦笑しながら言いかけた鷲巣の顎下へと、ひたりと短刀が突きつけられた。
「ええ思い出は作れたか?」
「……」
鷲巣はただ微笑している。
「アイツはまだ若い。先の人生がある。その”先”、あんたを失うた先まで、あんたならアイツを絡め取ってしまうやろ」
「……。原田君は優しいね」
多分、否、きっと。
このまま放っておけば、アカギはもっと、より深く鷲巣を愛するだろう。鷲巣巌にはそれだけの引力がある。
けれど、鷲巣はもう老年だ。
先のある青年であるアカギが、のめり込むには、あまりにも短い時間しか与えてやれまい。だというのに恐らく鷲巣は、アカギのこの先の人生にまで深くふかく根を下ろすだろう。
そんなものは、呪縛と変わらない。
ならばいっそ、アカギがどう思おうが、どうしようが、いま、まだ呪縛が浅いうちに。
向けられた刃を退けるでなく、暫く静かに目尻を下げていた鷲巣がやっと口を開いた。
「…アカギ君は、私を怖がらなかった」
「……ぁ?」
先の勝負。
牌を捲り、乗っていくドラ。
ついにそれがドラ12にまで達しても、アカギは真っ直ぐの澄んだ目で、鷲巣を見つめていた。
「皆、私を畏怖の目で見たよ。天和も地和も、ロイヤルストレートフラッシュも、五光も…。船の上でも、地上でも、…私を敬遠して遠ざかるか、崇拝の対象としてしか見てくれない。私と対等に立てる人物もいたけれど、私に囚われるのを嫌って、やっぱり遠くへ行ってしまった」
困ったように、笑う。
原田の眉が顰められた。
「…あの時、ドラ12は頭ハネされてしまったけれど、ね、私はとても嬉しかった…。アカギ君が私を見る目が、まったく変わらなかったから。…キラキラとした、とても綺麗な目」
伏せられた瞼が震えていたようで、一瞬、躊躇したのが悪かったのか。
枕の下に入れられていた鷲巣の腕があげられれば、その手は黒光りする拳銃を握っていた。原田の脳天にぴたりと照準が定められている。
撃鉄が既に上げられているということは、此処に誰かが、こうした意思で来るのも想定内だったのだろう。
「……私にはもう時間が無い、…”だから”君が、アカギ君の為を思ってこうしているのは承知の上だよ、……我が儘なのも、分かっているんだよ、でも、ね、どうしても、どうしても欲しい、あの子のすべてが欲しい」
悲嘆にくれているばかりだった鷲巣の目が、違う光をもって原田を見上げた。
まるで、蛇の目。
「アカギ君はきっと悲しむだろうけれど”許してくれる”」
「…やっぱりあんたは狂っとる。狡猾やない、狂っとるんや」
許してもらえるという発想が出る時点で。
そして実際、許されるだろう事象を引き起こせる時点で。
突きつけられたままだった短刀が、僅かに鷲巣の喉に食い込み、
引き金に掛けられた指に僅か力が込められる。
そこに、ノックが割って入った。
「……何方かな?」
視線は原田に定めたまま。
「私です、ご老人」
声は銀二。
体勢を変えずに入室の許可を与えた鷲巣を、原田も止めるでもなく。
部屋に踏み入った銀二は、何度目になるか、溜息をついた。
「原田」
「なんやねん、見ての通り取り込み中やで」
「…天が恩赦で釈放された」
「……ぁあん?!」
海軍に捕まって、牢に入れられていた仲間。
今までの経歴からすれば、生きて牢を出られるはずもなく。恩赦で釈放されるレベルの囚人でもなく。
「…まったく、貴方も人が悪い」
”それ”が鷲巣の本来の手札なのだろう。
既に退役している軍人が、どこからどう手を回せばこういうことになるのか。深く考えても結論の出ないことは、平井銀二は考えない。無駄なので。
「君達の掟に則った上、の方が、先ずは良いかと思ってね」
ゆっくりと、鷲巣が銃を下ろし、撃鉄を降ろす。
原田も腕を下ろし、短刀を懐へと仕舞いこんだ。
「……演技かいな」
「本気だったよ?」
なお悪いわ。
渋面で舌打ちされても、鷲巣は微笑んだまま。
「…アカギ君を愛しているのも、本気でだよ。…ね? あの子と結婚しても良いかな? 君たちに迷惑はかけないから」
「精神的迷惑被害ならいま受けたで」
「…原田」
いいから。気持ちはそれなりにわかるから。
「鷲巣さん! お見舞いに来ましたっ どうですか? どこか痛いとこありませんか? 果物持ってきたから剥いて … ……あれ」
気付くの遅ッ。
で、拳銃隠すの、早。
「…少し話があってな。もう済んだから、ゆっくり看病してやりな」
「そう、ですか…? はい…」
銀二に促され、軽く疲労した風情で原田は寝台と鷲巣に背を向けた。
寝台に駆け寄ったアカギからボロボロまるこいハートが溢れ落ちているが、それにツッコむほどには元気でもなく。
「……ええんちゃうか、別に、それで」
ぱたりとドアは廊下側から閉じられて、それが何に対する許可か分からぬ原田の呟きだけが、ハートの散らばる床に落ちて、消えた。
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