女帝と凡夫。
さいごのちょっと前。
「…染めておるのか」
「痛゛っ…!!!!」
まったく何の躊躇もなしに、毛根まで見るつもりなのかという勢いでもって髪の毛を引っ張られた平山は目尻にじわりと涙を浮かべた。
「い、痛…っ、手、…っ」
離せ、いや、離して、ください。お願いします。
懇願して、彼女が手を離したのはそれは慈悲ではなく、単に引っ張るのに力を掛け続けるのが面倒になっただけだろう。
「…そう、だよ。染めてる」
頭皮近くに見えるのは、黒髪。
彼女はもう何の興味もなさそうにガウンを羽織っている。
「………」
もし、あの男なら、どうしただろう。
そんな、たわいも無いことを考え平山は苦笑を零した。絵空事だ。考えても仕方が無い。
「なんじゃ」
ぎろりと、ねめつけられた。
彼女に向けた苦笑ではないのだが、そんなことを、言って聞く女でもない。
「…いや」
どう答えたものか。彼女は自分の素性からなにから調べ尽くしているようなので、この白髪の説明も、しようと思えば容易いのだけれど。
「…かっこ悪ぃな、俺」
伸びてきた地毛が、とも、アレに成る為に染めた白髪が、とも、どちらとも取れる言葉を吐いて、苦く笑う。
彼女がほんの僅かに目を細めた。
時々…、時々だが、平山の示した”回答”が彼女の気にいると、こうやって笑みをみせてくれる。
あざとく切り返し過ぎても杖が飛んでくるので、その辺りが本当に難しい。
「何を、今更」
「……」
襟元を正し、彼女はさっさと出て行ってしまった。
あんた、そのかっこ悪い男に抱かれて平気なのかよと、言ってみたい気もしたが、潔癖なくせになんともストレートな部分もある彼女なので『男性機能が働いていれば問題ないじゃろ』とか返されそうだ。いや、もっとストレートに、冷えた視線か杖かもしれない。というか7割、杖だろう。
「……かっこ、悪ぃ……」
ああ、じわりじわりと毒が染み入る。
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